たった一年足らずで、私たちの生活はすっかり変わりました。
世界的なパンデミックが職場や学校、駅やスーパー、個人の健康管理に至るまで、生活のすみずみに大きな変化をせまりました。
歴史的に見れば、パンデミックの流行は今に始まったことではありません。
有名なものでは14世紀~15世紀にかけて蔓延したヨーロッパのペスト。
ヨーロッパだけで人口の三分の一の人々が犠牲となり、イタリア、イギリスにいたっては人口の8割が死亡。絶滅した町や村はあとを絶ちませんでした。
そして1918年に始まったスペイン風邪。
世界は第一次世界大戦の真っただ中。最初に流行したのがアメリカでした。アメリカから兵士を満載した輸送船が欧州に向かう途中、船内でクラスターが発生。世界的な流行につながりました。
世界の人口が約18億人の当時、死者は1億人超。日本では38万8千人。
労働者は動けず、経済活動が停滞。社会機能がマヒして大量の失業者が発生しました。メンタルヘルスへの悪影響は甚大でした。
スペイン風邪(1918~1919年) | 新型コロナウィルス(2020年~ | |
死者数 / 世界人口 | 1億人 / 18億人 | 226万人(2021年2月5日現在) / 77億人 |
拡大の要因 | 第一次世界大戦 | ビジネス、ツーリズム |
最初に拡大した国 | アメリカ | 中国 |
ワクチンの開発と集団免疫の獲得により、スペイン風邪は徐々に効力を失っていったと言われています。
現在、急ピッチで新型コロナワクチンが開発され、世界各国で接種がスタートしました。
解明されていないことも、たくさんあります。難聴が増加傾向にあると報告が聞かれるようになりました。
今回はコロナと難聴の関係を検証してみます。
目次
1)難聴とは?
2)難聴の世界的動向と研究成果
3)新型コロナウィルスと難聴の相関性
4)ヘッドホン難聴には気をつけて
1)難聴とは?
一般的に、難聴は一朝一夕になることはありません。ゆっくり進行していきます。
耳鳴りや聴力の低下が初期症状です。
人の声が聞き取りづらくなる、声がぼやけるなど、徐々に悪化していきます。
難聴には三つの分類があります。
①伝音難聴 (耳の外側の損傷による難聴)
②感音難聴 (内耳が機能していない難聴)
③混合性難聴(上記ふたつが合わさった難聴)
①伝音難聴は、外耳や中耳の損傷により、内耳に音が届いていない状態です。
補聴器の使用や手術などが、代表的な治療法とされています。
②感音難聴は、内耳と聴神経がうまく機能していないことによる難聴で、原因の45%は自己免疫疾患やストレスを含む外傷性障害、髄膜炎、加齢などが考えられます。
ストレスはなかなかの難物。かくいう私もストレスが引き金になって、突発性感音難聴(Sudden Sensorineural Hearing Loss,略してSSHL)をわずらったことがあります。
子どもの手術と妻の入院が重なり、病院に通う日々がつづきました。
夜は眠れず、心労はピークに達しました。
ある日、病院に向かって歩いていると、とつぜん右耳に水が入ったような感じになりました。
不思議に思って、その場で耳に指をいれて首をふってみたり、ジャンプしてみましたが、たまった水が出てくることはありませんでした。
いつまでたっても違和感がぬぐえず、人の声がぼやけて聞こえるようになってきました。 たえられなくなって、耳鼻咽喉科へ行きました。
聴覚検査を受けると右耳の聴覚は落ち、難聴になっていました。
当時、騒音とは縁のない暮らしをしていました。音楽を聞く余裕もありませんでした。
診断は、ストレスによる突発性難聴。所定の内服薬で耳は回復しました。
難聴は何が原因になるか分かりづらい病気です。
さて、新型コロナのようなウイルスが難聴の原因になる可能性はあるのでしょうか。
2018年のテキサス大学の研究で、ラッサ熱から回復した患者の三分の一が、突発性感音難聴になっていました。
ラッサ熱は毎年西アフリカ地域で20万人以上が感染するウイルス性感染症。80%は軽傷ですが、20%が重症化し、年間死者数約5000人。
ラッサ熱と難聴の因果関係は、明確にはまだ解明されていません。
放射能も難聴を引き起こす可能性がある、という研究も出ています。
放射線治療や化学治療が内耳に悪影響を及ぼし、感音難聴を引きおこしているとの研究発表が、1980年代前後から相次ぐようになりました。
参照:放射線照射によって生 じる感音性難聴に関する臨床的および実験的研究 山本松記
2)難聴の世界的動向と研究成果
難聴の世界的動向と、アメリカでの難聴研究を見てみましょう。
難聴者の数は、世界的に増加の一途をたどっています。
WHO(世界保健機関)は、2018年時点で4億7千万人いるとされている聴覚障害者が、2050年までに9億人に達する可能性があると発表しました。将来、10人に1人が聴覚障害者になる計算です。
アメリカでは特に難聴研究が進んでおり、多角的に研究されています。
2009年、米国神経放射線学会誌『American Journal of Neuroradiology』に掲載された論文によると、末梢性および中枢性のめまいやメニエール病などの関連疾患は、耳鳴りであるとしています。
2012年、米国神経学会は、認知機能の低下と騒音誘発性難聴との間には高い関連性があると発表しています。
2014年、米国耳鼻咽喉科頭頸部外科学会が発表した研究では、難聴が原因で60~69歳の女性の社会的孤立が増加していることが明らかになりました。
2015年、米国医師会の『Journal of Otolaryngology-Head & Neck Surgery』に発表されたの研究では、中度および重度の聴力障害が、高齢者の死亡リスクを54%増加させていることが明らかになりました。
2020年、ジョン・ホプキンス大学によると、アメリカでは2万5000人以上の難聴患者が中度の精神的苦痛を訴え、抗うつ薬や抗不安薬を使用していることが報告されています。
難聴がメンタルヘルスや日常生活に大きな影響を与えていることが分かります。
コロナ禍で増加しているとされる難聴。
この二つには、果たしてどんな相関関係があるのでしょうか。
3)新型コロナウィルスと難聴の相関性
結論を先に言えば、難聴と新型コロナウイルスとの関連性は、まだ完全には証明されていません。
しかし、相関関係を示唆する事例が増えてきていることもたしかです。
『American Journal of Otolaryngology』誌に掲載された最近の論文では次のことが指摘されています。
- コロナウイルスが内耳道・外耳道の有毛細胞の損傷に何らかの影響を及ぼしている可能性がある。
- コロナウイルスが中耳腔の滲出液にコロニーを形成する。
2020年7月に発表された英マンチェスター大学の研究は、新型コロナウィルスに感染し、退院した患者の聴覚状態を検証しています。
その結果は世界的な聴覚専門研究雑誌『International Journal of Audiology』誌に掲載されました。
臨床者:121名。
聴覚の異常を報告:16名(13.2%)
その内訳:聴力の悪化8名、耳鳴り8名。
マンチェスター大学は、「一般的にウィルスが難聴の原因になることはよく知られている。新型コロナが聴覚に障害をもたらす可能性はある」としています。
臨床者数が少なく確証に至る道はまだ遠いですが、さらなる実験が世界中で行われています。
4)ヘッドホン難聴には気をつけて
ウイルスとは直接関係ありませんが、最後にコロナ禍で特に増えている「ヘッドホン難聴」にもふれておきましょう。
リモートワークやウォーキング、ジョギングでヘッドホンやイヤホンを長時間使う機会が増えています。
ヘッドホンを使って、音楽やラジオを大音量で聴きつづけるために起こってくる難聴のことを、「ヘッドホン難聴」と言います。
以前のブログでも書きましたが、現代人が知らず知らずに難聴への道を歩いているのが、このヘッドホンによるもの。スマホの普及により、急速に難聴になる人が増えています。
2015年のWHOの発表によれば、12~35歳の世代の50%がスマホの使用により、40%がクラブやコンサートなどによる大音量により難聴になると警告しました。
耳の奥の蝸牛には、音を伝える有毛細胞があります。大音量を長年、長時間聴き続けると有毛細胞が損傷し、徐々にゆっくりと難聴になっていきます。
面倒なのはこの点です。
難聴はゆっくりじっくり進行すること。
普段の生活音には少ない高音から聞こえなくなること。
一度傷ついた有毛細胞は治りづらいこと。
普段の生活の中でヘッドホン難聴の予防は忘れずに。
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ヘッドホンの使用を一日一時間程度に。
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耳の休み時間を5~10分入れる。
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ノイズキャンセリング(周囲の騒音をシャットアウトする機能)のついたヘッドホンやイヤホンを使用する。
寒い日がまだ続きますが、春は着実に近づいています。
ジョギングやウォーキングのときはヘッドホンをはずして、外の風の音に耳すませたり、木の葉がすれる音に耳をすませてみてはいかがでしょうか。
コロナ禍の心には自然の音が気持ちよく響きます。
それではまた次回!