residentadvisor.net に掲載された記事を許諾を得た上で編集しています。
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クラブで踊りあかした時や、ロックコンサートやライブハウスで叫びつづけた帰り道、野外フェスでからの帰り道、耳の奥でキーンと音がしつづけていた経験をしたことはありませんか。かなり時間がたったあとでも、耳鳴りがいつまでも消えないと訴える人が少なくありません。
これは耳が大きな音にさらされたことによる一時的な聴覚障害。慢性化すれば、難聴や失聴につながる恐れもあります。
音楽シーンの最前線に立つクラブDJやミュージシャンたちの中には、耳の健康を害するケースが少なくありません。今回は二回にわたって、耳と音楽にフォーカスし、クラブシーンやミュージックシーンの最前線に身を置く二人のアーティストのストーリーを紹介します。
アーティスト 1
デビ・ゴース。DJ DEBONAIRとしてクラブシーンのアヴァンギャルド的存在。
アーティスト 2
マシュー・バーンズ。アーティスト名Forest Swords。
リヴァプール出身のミュージシャン
ビョークのリミックス、バッサム・ターリクのドキュメント映画『シュガーランドの亡霊』(ネットフリックス)のサウンドトラックを担当するなど活躍中。
目次
1、デビ・ゴースがロンドンシーンに登場、NTS ラジオとともに世界へ。
2、クラブDJとして活動開始。
3、耳の障害の始まり
4、騒音性難聴とは?
5、マシュー・バーンズの場合
1. デビ・ゴースがロンドンシーンに登場、NTS ラジオとともに世界へ
現在、ロンドンのクラブシーンでリスペクトされているDJは誰か。こう聞かれたら、プロもユーザーも真っ先に思い浮かべるDJのひとりがDEBONAIR。
彼女の本名はデビ・ゴース。
デビは10代のころから音楽ジャンキーで、バイトはずっとレコード店。そこで好きな音楽をかたっぱしからかけていたのが彼女の音楽キャリアのスタート。BBCの音楽FMでDJをつとめ、そのセンスが一気に開花したのがNTS ラジオでの仕事。
NTS ラジオはイーストロンドンのハックニーに拠点を置くオンラインラジオ局兼メディアプラットフォーム。2020年現在、月間リスナーは150万人を超える。
Music Business WorldwideデビはNTSラジオのプログラムディレクターとしてポストパンク、ヴィンテージのエレクトロニカからコールドウェーブやイタロディスコまで、あらゆるジャンルを横断しながら音楽を展開。彼女は強力なインフルエンサーになっていきました。
2. クラブDJとしての活動開始
2011年にデビはロンドンのクラブでDJデビューしました。
新旧こだわらないトラックセレクションとレイブへの愛情があふれたセットが評価され、クラブシーンの最高峰ベルリンのPanorama Bar、アジアの最高峰Cakeshop Seoul、欧州で最も影響力のあるアンダーグラウンドフェスUnsound Festivalのラストパーティのトリ、欧州テクノフェスDenkmal Festival、オンライン配信されるBoiler Roomでのセッションを重ねていきます。
3. 耳の障害の始まり
デビの叔父は耳鼻咽喉科の医者で、感染症がきっかけで片側の耳が聞こえません。デビ本人も聴力が敏感。難聴対策として耳栓を持ち歩いていました。
2016年に開催されたBloc Festival(エレクトロの人気フェス)でデビにショックなことが起こります。
サマセットにある海沿いの町マインヘッドを舞台に7000人のクラバーが集結。
彼女の出番は日曜日。金曜日に現地入りし、その夜は客として楽しみました。その時、いつもしている耳栓が右側だけなくなっていたのに気づきました。
デビの証言。
「翌日目が覚めると右耳が強烈に痛くて、狂ったように耳鳴りがしていた。あまりにも痛くて、その日(土曜日)は会場に近づくこともできなかった。本当にショックだった」
キャンセルできず、日曜日の出番をなんとかこなしましたが、耳鳴りはその後三か月もつづきました。以降仕事はすべてキャンセル。専門医の診断を受けてもなお、彼女は不安で押し潰されてしまいそうでした。
彼女の耳は、騒音性難聴になっていたのです。
4. 騒音性難聴とは?
難聴の原因のほとんどは、大きな音とされています。大きな音にさらされることにより、音を感じるための蝸牛(内耳)が損傷して音を聞く機能が低下、難聴になるのです。その症状のひとつが耳鳴りです。
耳鳴りは生活に大きな影響を与えます。
不安や不眠の原因となり、生活のリズムを壊すこともあります。
場合によっては最悪の事態も。
90年代、マンチェスターのロックシーンを支えたインスパイラル・カーペッツのドラマー クレイグ・ギルは、耳鳴りの治療法が見つからず、絶望して自ら命を絶ちました。
ガーディアン紙の記事
騒音性難聴の原因は・・・
長時間にわたって大きな音にさらされること。
今まで騒音性難聴は、工場などの職業環境によるものが大半でした。
しかし音響環境が進歩し、スマホが普及したことにより、ヘッドホンを使い、誰もが手軽に長時間、大きな音にふれることができるようになりました。
その結果、現在、耳の障害が世界中で増えていく傾向にあります。
Resident Advisorで音楽を中心に生活している同僚たちに無記名でアンケートを行ったところ、20%が耳鳴りに悩んでいると答えました。スタッフの平均年齢は30歳で、一般的に耳鳴りの症状はもう少し高齢層に顕著です。
WHO(世界保健機関)は、世界の12~35歳人口の約半数にあたる11億人に難聴のリスクがあると指摘しています。
朝日新聞デジタル「難聴のリスク、若者に2人に1人
5. マシュー・バーンズの場合
ForestSwordsの名前で知られるマシュー・バーンズは、実験的な作品とDJワークで世界を魅了。ダンスフロアから現代アートシーンまで幅広く活躍しています。
耳鳴りが始まったのは学生時代。対策もしないままクラブDJやライブを重ね、二十歳のころから耳鳴りは持病に。それでもキャリアを重ねてきました。
マシューは言います。
「日常生活で耳鳴りを感じることはあまりないけれど、酒を飲んでいるときとか、ベッドで眠れないとき、ツアー中でストレスを感じているときはひどいことになる」
プロは逃れられないものなのでしょうか。
「これは逃れようがない。まずはそのことを受け入れなきゃいけない。だけど、最近つきあい方が少しうまくなってきた」
「音作りをしていて、耳が疲れだす瞬間が分かるようになった。その時点でいったん作業を止める。別の日にまた同じ曲を聞くと、感じ方がぜんぜ違う。だからどっちがいいのか誰かに意見を求めるようになった」
それは作品作りにマイナス?
「作業効率は悪くなった。でもそのおかげで、ぼくは自分が表現するものに対して今まで以上に吟味するようになったんだ。こうすることで、このやり方がポジティブに機能するようにした」
マシューの気遣いは自分の耳だけにとどまりませんでした。オーディエンスやリスナーのことも考えるようになったのです。
「大音量の音楽をツールにするアーティストは、プロモーターも含め、客が耳に障害を受けないようケアする責任があると思うようになった。何しろぼくは、大音量の音楽の中に潜り込むことが大好きだからね」
それではどうすればいいのでしょうか。
次回は聴覚のスペシャリストで、ミュージシャンの聴覚問題に取り組むフランク・ワーティンガーがDJ、ミュージシャン、耳鳴りに悩む方のために提唱する対策をご紹介します。